記憶に残る瞬間が多過ぎて、何から書けば良いか迷ってしまいます。

出来る限り簡潔にまとめようと思っていますのでお付き合い下さい。

本当に長いハードな遠征となりました。

ですが、それを軽々と上回る喜びと充実感が私を最後まで動かしてくれました。

プロを目指した時から現在に至るまで私を応援してくださった皆様に、感謝と喜びを伝えたいです。

そして、いままで私のテニスを指導してくださった多くの方々にこの結果を報告したいです。

私は人生のほとんどを日本で過ごしてきました。仙台で生まれ、普通の小学校に通い、中学で転校し関東のテニスクラブに所属、高校では部活動でテニスを習ってきました。

世界を知らない自分も、こんな練習でプロになれるのかと、コーチや先生と揉めることが本当に多くあり何度も何度もぶつかっていました。

プロになってからも自分の目指したいテニスでは世界ではやっていけないのか。日本の大会で勝ち抜いてきた技術は世界のプレーとは程遠いのか。悩んで迷って腐りかけてようやくここまで来ました。

その様々な出来事がATP250の決勝戦の前に甦り、全てが報われた気がしました。

今回のウィンブルドン一回戦では、高校でテニスを指導してくれた先生が見に来てくれました。私のテニス人生において本当に多くの影響を与えてくださった尊敬する先生です。

そんな先生の前でウィンブルドン初の一回戦突破をすることができました。

言い方は悪いですが、お世辞にも世界を知っているとは言えない先生が、学校が終わってから毎日付きっきりでひたすら球出しをしてくれました。

びっくりするくらい本当に本当に単純なのです。先生へ今でも言えます。よくもこんな単純な練習を3年間もやってくれたもんだと。

あれから12年ですね。本当に時間はかかりましたが、今私は日本テニス史上、三人目のATP250の優勝者になり、世界ランキング日本歴代2位としてウィンブルドンのコートに立っています。

ここに来るまでに多くの方からバトンタッチをして、助けてもらってここまで来ました。本当に私は幸運だと思っています。

そして世界で戦ってきて感じる事は、間違いなく自分の武器の1つは最後まで打ち抜く事なのだと。

私を助けてくれた人たちはこの上ない情熱を持ってくれていたということ。そしてそれは何よりも貴重な財産になっています。

沢山の方々の情熱が今の私を形成し、多くの影響を与えて下さいました。

家族、指導者、コーチ、そしてファンの皆様。
私の回りには動かせる人たちが沢山います。私もいつかそんなカッコいい人になりたいと思っています。

6周連続の旅を終えて今はもう何も残っていません。

ですがもし皆さんの中に何か少しでも記憶に残っているのであれば、私の目指すべきテニスはそこにあるのかと。

これからもテニス選手として更なる高みを目指していきたいと思っています。

皆様と共に世界を見ることができ嬉しく思っています。